第六章 〜氷の姫君〜
リョウはただ少女をじっと見つめた。
無理もない。
夢でみた少女が自分の目の前に現れたのだから。
何故、彼女が・・・。
ノアの解釈ではないが、彼女は自分の夢の中にのみ存在しているのだと思っていた。
まさか、現実に存在しているなんて・・。
自分の知らない人間が自分の夢の中にしかもあんなに鮮明に現れるなんて、信じられない。
「・・・・何?」
少女は怪訝そうにリョウを見た。
その目には明らかに警戒の色が見える。
何かするのなら容赦はしない・・・目がそう語っている。
さっきの魔物との戦闘を思い出し、
「・・え!? いや、何でもないよ!!! それより、ありがとう。助けてくれて・・」
「別に。貴方たちは関係ないわ。」
淡々と言う少女の言葉は冷たい。
彼女は近くに放り出されていた自分の荷物を拾い上げると軽く埃をはたいた。
「で、でも僕たち、君が助けてくれなかったら危ない所だったんだ。だからやっぱりお礼を言いたいんだよ・・・。」
実際彼女がいなかったらリョウ達は相当な被害を受けていたに違いない。
もし、あの魔物が人間を食べるのなら、自分たちの末路が恐ろしい。
周囲に視線を移すと馬車の乗客たちは安堵した様子でまた馬車に乗り込んでいた。
とは言っても出発まで少し時間がかかりそうだ。
みんなのんびりと荷物の確認や世間話をしている。
「あ、そう。」
少女はちらりと彼らを見るとただそれだけをつぶやいた。
「でも・・・。」
「え?」
言葉を発しかけた少女にリョウは視線を戻す。
「私はあの魔物が目に入ったから倒しただけ。
この先の旅路、邪魔されたら困るし。貴方たちはただ、その場にいただけの話・・。
あの戦闘のとき、貴方が私の間合いにいなかったら、多分私、貴方を助けてはいないと思うわ。」
そう言って少女は真っ直ぐにリョウを見つめた。
恐らくその言葉に嘘はない。
目を見れば分かった・・・。
意志の強そうな瞳。思わず、彼はその瞳に魅入る。
リョウは夢でのあの視線を思い出した。
氷のような冷たい瞳。
まるで全てのものを凍らせてしまうような、そんな鋭く冷たい視線。
もちろん、今でもあの視線は怖い。
目の前にいるこの少女の視線も全く一緒のもの。
でも、夢の時より(ほんの少しだが)怖くないのはどうしてだろう。
彼は暫く黙っていた。
何を話したらいいのか分からなかったからだ。
少女はそんな彼を少し見て、くるりと背を向けた。
そのまま歩いていく。
「き、君!! あの・・これからどこに行くの!?」
ふと、声が出た。
無意識だ。
リョウははっとして、口をおさえた。
どうしてこんな事を言ってしまったんだろう。
彼女がどこに行こうと関係ないのに・・・。
そう思ったが、時既に遅し。
少女は足を止め、彼のほうに振り向いた。
じっとリョウを見ている。
まるで何かを考えているようだ。
「・・・首都。」
ぽつりと少女は言った。
リョウは呆然としていた。
意外だ・・答えてくれるとは思わなかった。
「・・・何で?」
更に聞いてみる。ただの、興味本位。
「・・理由を言わなくちゃいけないの?」
少女は訝しげに言った。瞳が険しくなる。
リョウは慌てて訂正した。
「あ! いや・・・別にいいんだけど。」
リョウは視線を下におろした。
確かに彼女の事は関係ないけど、ただ・・気になった。
それだけ。
「大切なものが奪われたの。それを取り返しに行くのよ・・。」
「大切な・・?」
「・・・そう。」
少女は首都の方向を見た。
凄く悲しそうな瞳で・・・・。
それは、突き飛ばしたら簡単に壊れてしまいそうな程弱々しくて、
リョウは思わず彼女の表情に魅入った。
しかし、それは一瞬で少女の瞳はまるで虎のように険しくなり、手を血が出そうな位握りしめる。
「・・もう行かなくちゃ。」
「え? ああ・・うん。」
そう言って少女はリョウに背を向けて歩き出す。
小さな背中は何かとても大きなものを抱えているように、リョウには思えた。
2、3歩して、少女は立ち止まった。振り向かずにリョウに言う。
「気をつけて・・・。」
それはとても、とても聞き取れないくらい小さな声だった。
しかし、彼にははっきり聞こえた。
旅路を案じてくれる、彼女の気遣い・・。
途端にリョウは声をあげる。
「ぼ、僕も首都に行くんだ!!」
少女は少し驚いた様に振り返った。
「そこまで、一緒にいかない?」
「・・・何で?」
うっ・・・。
リョウは口をつぐんだ。
理由なんて無いからだ。
そんな彼の空気を読み取ったのか少女は少し考えてから口を開く。
「嘘。・・・別に、一緒に行くくらいはいいけど。」
そう言って彼女はまた歩き出す。
慌ててリョウは後を追った。
夢の中で出会った。
彼女はもちろんそんな事知らないけど、自分の中ではそんな偶然があった少女と
実際に出会えたことが信じられないと同時に単純に嬉しかった。
「僕、リョウ。リョウ・コルトット・・。よろしく。」
「レオナ・スタルウッドよ・・。」
少女、レオナが名を告げると、リョウは嬉しくなって微笑んだ。
少年と姫君は出会った・・・。
それは偶然のようで、偶然ではない。
2人は、出会うべくして出会った。
そして・・ここから物語は動き出す。
第六章 〜氷の姫君〜 Fin